2018年5月16日水曜日

「コンフィデンスマンJP」ULR発見報告


映画「未知との遭遇」より(↑)一瞬ですから、もう。いつ現れるか分からないし。アッ!と思ったときにはもう次のシーン行っちゃってるっていうね。いま通り過ぎた、あれだったんだろうか? 的な。毎週、月曜夜のミステリー。いやコメディだけど。


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フジテレビで月曜夜9時から放映中のドラマ「コンフィデンスマンJP」の背景セットに掛かっている ULR(超低解像度絵画)の発見報告、いくつかお寄せいただきまして感謝。

最初の発見者は Hさん(大垣市 / 男性)。4月16日に下の写真をいただいて、ちっちゃ! でも「ほんとに掛けてある」と感動。画廊のほうから「出るよ」とは聞いていたものの、半信半疑でした、私、テレビの録画装置も持ってないし。第2話目になるのかな、あー見とけば良かった! と後から。


そのあと Mちゃん(養老町 / 女性)からも 4月20日だったかな、「撮りましたよ」って報告もらい早速、画像を送ってもらいました。丸で囲んだ部分(↓)「いたっ!」って感じ。ほとんど UFOあるいはネッシー、雪男? 若いだけあって目と反射神経がいいんだね、こういうの撮れちゃう。発見報告サンキュー。



掛けてあるの、じつは(↑)こういう絵でありまして。もういっこの Mちゃん画像にフォトショップで合成してみました。ULR=超低解像度絵画。元絵、これくらいのサイズでも、もうなんだか分からない。ね、遠くからだと、ただの肖像なんだけど。

こないだ 5月8日に Hさんがまた送ってくれた、第5話の画像では、おかげさまで ULRちょろっと大きめになり。カモン! いつか冒頭の「未知との遭遇」3コマ目くらいの接近遭遇、ドカンとお願い。絵柄じつはもう一種類、提出してあるんですが。

何はともあれこのドラマ番組、痛快なコメディで、どんだけでもボケてくれて、かつ、たまにイイことも言うのがニクイ。絵が出てるから言うわけでなく(そういうウソ嫌いだし私)スタッフもキャストもお見事で「いいなぁプロフェッショナルって、忍術の次にいいなぁ」と、ほんと思います。最近ちゃんと見てますもの私もこれ、超おもしろい。ちょろっとでも関われて光栄でござる。


また発見したら画像ください、いまご覧になってる皆さま。私も頑張るけど「おもしろい! いまの」つって見てるうちに、つい通り過ぎてしまう。子供かよ。録画できないのがキツイ。何はともあれドラマのますますのご盛況、お祈りしてます!



2018年5月15日火曜日

Eager Beavers 5月例会報告

Eager Beavers という英語サークルを Tちゃんに教えてもらったの、一昨年くらいだったかな。出席できないときも多いんですが、このあいだ(5月13日)は自分が当番で、議論のテーマも決める役だったので、ココの記事「Will China Win the Future?」をネタにして出席&ディスカッション開始。

キー・フレーズやセンテンスは一応、上の(↑)文中の、a “new era” of Chinese world leadership、a centrally managed economy。そして、the U.S. no longer stands up for universal values such as democracy, human rights and the rule of law. Others are less eager to follow our democratic model. しかし、Centralized governments do not have a very impressive track record などなど。

以下(↓)その報告です。さっき書いてMLに送った原稿の再活用。



もう一方のグループのほうの5月例会報告、遅くなりました。

清水グループ
参加者:Tさん、Kさん、Oさん、Nさん、清水(モデレーター)

  • 私モデレーター当番でしたが英語力のこともあって実際は Oさんがディスカッションをリードしてくださり感謝!
  • ご自身や知人がビジネスで行かれたり観光で行かれたり、時期も様々にいろんな立場から体験や見聞きされた中国(人)の印象と、それを踏まえての昨今の状況に対する意見、それぞれ興味深く。
  • これまでの米国のヘゲモニーは経済的のみならず文化的でもあり(American way of lifeや、Coolなど)今後、中国の場合はどうなるか、だとか。あるいは中華思想と大東亜共栄圏思想の似ているところ、違うところ、だとか。
  • モノの値段が交渉でどんどん変わるような(中国的?落ち着かない)社会と、定価(日本的?信用?)社会、それぞれの社会の中での人々のメンタリティや、コミュニケーションのしかたの違いについて、だとか。
  • そんな統制しにくい人民をまとめる一党独裁の仕組みと、とはいえ地方組織はやはり勝手にやっている/やっていた、だとか。だからこそ「トラもハエも叩く」習近平による改革があり、彼がただの権力志向の俗人にすぎないのか、あるいはもう少し高尚な人なのか、だとか。←つい後者を期待してしまう『荘子』好き中国好きの私ちょっとナイーヴすぎる? だとか。


もとより大きすぎるテーマでもあり、選んだ私個人としても英語でとても話せない(表現できない)もどかしさの中で、しかし皆さんの意見をうかがいながら「やって良かった」と思いました。この、通じていたり通じていなかったりする、もどかしさもまた中国的というか、自分とは異なる他者を前提とする国際社会的であり、そんな中で経済も歴史もずっと動いてきたのだとしたら? なんつって、長くなるのでモノローグは以下略。失礼しました。

ありがとうございました、皆様&EB!



以上。Eager Beavers ご興味ある方は、コチラご参照のほど。


オマケ: 上の写真(↑)は 2008年11月の上海国際工業博覧会、JETROブースの手伝いに行っていたときのもの。仕事紹介してくださった方の配慮で、コンパニオンのみんな私の「モザイコ」Tシャツを着て(当時まだ、ブランドやメーカーとの話が出るまえ)接客してくれて、サンキュー。日本語を学んでいる学生たちだったかな、たしか。みんな日本のカルチャーにも興味津々で、楽しかったです。

もういくつか当ブログ内の中国関係記事(80s中国たまらん)→ コチラ や コチラ

2018年5月7日月曜日

ぼちぼちの裸婦、ひさびさの28th

ハダカとBBQに明け暮れた連休(当社比)なんていうとチョイ悪ナントカみたいだけど、文化系ですから基本。ぼちぼちで。手伝ってくれた人、誘ってくれた人、いろんな人に感謝。こちらは(↓)その一部、もう 2年ぶりになるんだね名古屋ROJUE。「始まって以来の長時間固定ポーズ」で、双子ダンサーを描くという企画に参加してきました。




P15号キャンバスに、ひさびさのアクリル絵具。5月3日と4日の終日と、5日はお昼までの計600分。コンテンポラリー・ダンスをやっているという双子姉妹、じつにいい感じで。その感じを絵画化すべく、必死に「できねー」なんて言いながら奮闘するのがまた、おもしろく。文化系ですから。

アメリカ人女性の参加者や、ひさびさの主催者マイケルさんや常連さん、モデルさんたちとの、ちょっとした交流も心楽しく。みんなで何かを追及するという、あるテンションをもった場はおざなりな会話もあんまり必要なくて、口数が少なくてもコミュニケーション成り立つ感じが(口数ばかりでコミュニケーション全然、成り立たない場もあちこち多いでしょう?)グー。いや、おしゃべりも大丈夫だけど私。


左は全体像を左右反転したもので、右がフィルタ処理後


そういえば、いつだったかな、GW中の夜に見てた懐かしの映画、ジム・ジャームッシュ監督の「ストレンジャー・ザン・パラダイス」もじつに口数の少ない映画で。そんな中でしか出ないユーモアであり、シャープさであり……「掃除機をかける」なんていう言い方はどうも堅苦しいので、これからは「ワニを絞め殺す」でいこうぜ、なんてセリフだとかね(うろ覚えなので間違ってたら失礼)素晴らしいですな、あらためて。



2018年4月18日水曜日

tomoniアート・フェス「花さく、ハレ!」

障碍者アートというのが(やな言い方ですが。つまり逆に、健常者アートという言い方あったとして、それ、ナチスっぽくないか?)わかりやすいのかしらん、一般に。

去年、第3回「ともに、つくる、つたえる、かなえる展」@ぎふ清流文化プラザ1F 文化芸術県民ギャラリーでやった、浅井詠子さん(うたちゃん)とのユニット「(Hey,)Jude!」で、今年3月、同じく@ぎふ清流文化プラザの、今度は長良川ホールにて開催された tomoniアートのフェスティバル「花さく、ハレ!」に出演させていただきました。




譜面もなんにもなしのテキトー(アドリブ)ユニット。フレーズ弾いたりムチャクチャやったりの “ノーテク” 温度ギターにも詠ちゃん、うまく合わせてくれてグー。現状お年頃の女性らしい奥ゆかしいドラミングなんですが、そのうち、もっと大暴れしてくれるようになったらユニット名も「柔道」に変えて、ノイズ・フェスティバルを目指そう。なんつって。

Jude! 単体でやったあと、池田の「ふれ愛の家」&アフリカン・ドラムのグループ「アンカフォ」のステージにもそのまま参加させてもらい、いやー楽しかったです。自由でいいわ。このときステージの向かい側には、昨年フランスであったという「日本のアール・ブリュット」展への出品作家を含む、じつに刺激的な造形作品の数々も展示されていて、絵描きとしても楽しかったです。





tomoniアートのフェスティバル「花さく、ハレ!」 / 日時:2018年 3月17日(土)18日(日)/ 会場:ぎふ清流文化プラザ 長良川ホール・文化芸術県民ギャラリーなど / 主催:岐阜県・(公財)岐阜県教育文化財団

関係者の皆さんに心より感謝!


2018年4月16日月曜日

P50号3点目とプロポーション話



こっちのほうが(↑)おもしろいなぁ。大きめの絵について以前から気になってるんですが、真正面から視線がちょっと振れるだけで、全体プロポーションが変わる。前回の油絵も、頭のサイズに比べて腰がまだ小さくないか? とキャンバスを傾けたり自分が動いたりして、いまだに何度、見直すことか。どれが真のプロポーションなんだろうと、つくづく。人間の知覚は不思議です。

で、このデフォルメ感。Andre Kertesの写真「Distortions」なんかも大好きだし、どうせ目で歪んでしまうものなら、いっそのこと最初から、このくらい歪ませたらどうかと。なんか笑っちゃう感じ。いつか自分の画集つくる機会あったら、こうやって撮ろうかなぁ本当に、ディテールもよく分かるし。


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雑談はともかくとして。P50号での油絵習作3点目、昨年12月10日から今年3月25日まで(お世話になっているアトリエ 7.q で私の場合、何回かお休みはさみ)トータル6日間、プラス、スタジオでもう少し手を入れて一昨日やっと打ち止め。モデルは Kちゃん。

筆を入れているときは「あっ」とか「そうか」とか大きな失敗や成功、発見が今回もあったはずなのに終わると忘れてしまう。というか、大したことなくなってしまう。歪ませないで撮ったものが(↓)こちら。粗くてごめんよ毎度。次はヌードやってくれるそうで Kちゃん感謝、楽しみにしてます。


2018年3月30日金曜日

スピーチ@ロータリークラブ

大垣センチュリーRCで、今週月曜にスピーチさせていただいた内容を、ロータリークラブ会報用にテキスト化しました。タイトルは2014年末の当ブログ記事と同じ、「願いは、どうでもよくなったときに叶う。」


人によると思いますが私の場合はこれ、いまやモットーみたいなもので。おととし画廊デビューし、絵描きになったのも積極的な願いというより、やむにやまれずの部分も多く。以前たまたま賞をもらったときも棚ぼたで、まったくそんなつもりありませんでした。逆に、そんなつもりのときにドンピシャ上手くいった試しも、もちろん、ありませんし。

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こちらの都合で地球は回っていないから、と学生なんかと話していてよく言うことありますが本当に。年表でいうと最初の「NPO雇われ事務局長」時代、それこそ熊谷守一や守屋多々志など地元出身の著名画家の作品をいろいろ商品化すべく企画書を書いたり、助成金をとってきたり。

しかし著名画家の作品は当時、若造がいくら力んだところで、そうそう自由になるものでなく結局、ならばという反骨心もあって自分の絵でやる、と。年表でいうと次の「コンテンツ・クリエイター」時代。2006年に超低解像度絵画モザイコなるシリーズを始め、いろいろ商品化。もちろん簡単ではなかったですが、NPO時代と同様、現場で経験的に学ぶことも数多く。おかげさまで自分の料簡も変わってまいりました。著名画家のことが上手くいっていれば逆に、やっていなかったと思いますモザイコ。

で、一時期、全国や大垣市でもよく言われていた「ブランド」構築。モザイコも某ブランドTシャツをはじめ少しずつアート商品になってはいたものの、いかんせんマイナー。綱渡りの連続。有名であるというのは、いわば毎日、展示会に出しているようなものなのだと気づいたのが2014年末でしたか。以来、ブランドのこと本気で考えようと。

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人を出し抜いて有名になる、なんていうのの逆です私、性格的には本来。アーティストと呼ばれるのも恥ずかしいです、むしろ。でも商売のためなら、やれる。年表の三つめ「絵描き/アーティスト」時代。先ほど「自分の料簡も変わってまいりました」と言いました。詳細は端折りますが、このままじゃ何かヘンだ、よくない、という自分と同じような誰かのための商売。そんな世の中を動かすためのヒト、モノ、カネの必要性。

まぁ、そう力んでいるうちは知れてるんですが、ヒトもモノもカネも。とにかく、おかげさまで超低解像度絵画の制作方法についての特許を昨年取得。今年は米国でも申請していく予定ですが、当初、考えてもみませんでした特許なんて。やっていると何であれ進化するもので。これ自分の意志というより半分以上は成り行き。

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タイトルに戻りまして。そりゃ若い頃、自分の作品で食べていけたらと思うような時期、なかったとは言いません。でも、そんなのムリと思っての工学部(美大でなく)進学でしたし、繰り返しますが地球はこちらの都合で回っていない。逆に、必死にやっていると物事いつのまにか進化したり、こちらの料簡が変わってエゴイスティックな野心や不満がだんだん、どうでもよくなってくる。そうすると楽でありまして、けっこう。自然に残るものが残る。

することがない(と思える)ときは掃除をしろ、と言われる社長さんも多いんじゃないでしょうか。あーサッパリした、と一息ついたところで名案を思いつくとか、本当に何が、何の原因になるか意外と一筋縄ではいかない気がします。その全体をざっくり「運命」と言うのか? 運命に導かれているのか翻弄されているのか私の場合わかりませんが、まだまだ道なき道、おかげさまで続きます。どこかで見かけたらまた、よろしくお願いいたします。

ご清聴ありがとうございました。





2018年2月19日月曜日

2007年の山下洋輔さんインタビュー

このインタビューは岐阜県の織部賞「県民エディター」という枠組みのなかで行われました。著作権(著作権法第27条および第28条に規定する権利を含む)は岐阜県に帰属します。当ウェブサイトへの掲載を認めていただいた岐阜県に感謝いたします。(清水麗軌)


山下洋輔さん(第五回 織部賞 受賞者/ジャズピアニスト)インタビュー
日時:2007年09月08日(土)13:00-13:40
場所:かつしかシンフォニーヒルズ


《清水麗軌(以下SY)》 こんにちは。よろしくお願いします。
《山下洋輔(以下YY)》 どうも。

  • 《SY》 山下さんの『風雲ジャズ帖』を読んで、いくつかメモしてきたんですけれども。岐阜では、ピアノを壊されたことありますか(ちょっと唐突か)。
  • 《YY》 ヒジ打ちならありますが、岐阜では壊してませんね。それよりも岐阜は、鼓童と初セッションをやり、1986年には大阪フィルと『ラプソディ・イン・ブルー』を初演した場所でもあるので、おもいで深いです。
  • 《SY》 どうせこれっきりの機会だろうと確信犯的メチャクチャをやったら、これがきっかけとなってその後、国内外で何度も弾くことになった……と、第五回の織部賞パンフレットにもあったアレですね。
  • 《YY》 指揮者の石丸寛さんが病気になっちゃってね、代役に松尾葉子さんが立たれて。驚いてました。そういえば、岐阜でいえば「ゴースト」だとか、当時は全国各地にジャズ喫茶があって打ち上げなんかで行きましたよ、我々ミュージシャンも。
  • 《SY》 ハードコアな音楽ファンが全国にいて、とりあえずジャズ喫茶という溜まり場をノード(結節点)にしながら、濃いめの情報や人の交流がなされていた時代? そういえば『風雲ジャズ帖』にも、「オレが世界を理解しているゾという、誇大妄想的な自信というものがジャズマンにはある。いや、あった筈なんで、その演奏を我々はシビレてきく、そういうようなものだった気がする(中略)。それがいまは、パーラーのバックグラウンド・ミュージックになってて」云々、ありましたね。山下さんの、ピアノの練習についてもお訊きしたいんですけど。
  • 《YY》 練習ね。正月にいつも大きなコンサートをやるので、ここ数年は12月からキャンプに入ります。アルコールも抜きで。
  • 《SY》 音楽家というか、野球選手みたいですね。
  • 《YY》 スポーツみたいな部分はありますよ。メチャクチャやる快感というか、その場かぎりの一回性に賭けて、思いっきりやるという。そのために、トレーニングが要る。

  • 《SY》 一回性。そういえば私も、高校まで岐阜県内にいたんですが、たまたま入った千葉大学のサウンドクリエイト研究会というところで「耳から回虫」というバンド見まして、目からウロコ。ノイズ系でうるさくてメチャクチャで、おっかなかったんですけれども心を揺すられる部分ありまして、「こんなのアリなんや」と。高校時代までの、いわゆる勉強だとか練習だとかとは、まったく違ったところにあるような何か。私、それだけでも本当に、大学というところに入って、良かったと思いましたもの。山下トリオの「キアズマ」聴くときも毎回あの壮絶な、異様なテンションに興奮しますよね。
  • 《YY》 10%の決め事と90%のメチャクチャという……。クラシックの世界にもじつは、あれ聴いて育った人たちが増えてきていてね。
  • 《SY》 隠れ「キアズマ」ファンが多い。
  • 《YY》 N饗の主席オーボエ奏者の茂木大輔さんだとか。
  • 《SY》 クラシックの世界も私まったく縁遠かったんですが、これも以前たまたまバーンスタインだかカラヤンだかが振った第九のCDを聴かせてもらって、目からウロコ。パンク・ロックより凄いかも、と。指揮者がジャンプしてる姿、目に浮かびましたもの。
  • 《YY》 一皮むけばバーンスタインだって……。ある席で、ジャズ・ベースに抱きついちゃったなんていう逸話もある人だし。音楽だからね、やはり。キてるものはキてる。そういえば古田織部もなかなか奇人だったみたいですね。
  • 《SY》 キ人。ガイキチ、ですか。
  • 《YY》 ガイキチでもあり、ガイキチでもなし。どうなんだろう。ぼくもこれで若い頃、ジャズマンらしく見えないって、よく言われました。黒縁メガネかけてて。フツーに見える。

  • 《SY》 いまもこうしてお話ししていると、ピアノに飛び蹴りさえしかねない(?)暴れん坊ミュージシャンというよりは、たたずまい、どことなく大学の先生みたいな。あ、先生もされてますけど実際。
  • 《YY》 一日中、ガイキチの人はいないでしょう。おそらくプロのなかには。スイッチが、入るときにメチャクチャやるのであって。そういう意味では、スイッチを入れられる(つまり、思いっきりメチャクチャやれる)“場所” と “ツール” があることは自分にとって、しあわせだね。
  • 《SY》 山下さんにとっては、その “場所” が音楽で、その  “ツール” がピアノだと。なるほど。いいですね、場所とツール。想像が拡がる。グラフィック・デザイナーがB1用紙とマッキントッシュでもって “メチャクチャやる” とか、経営者がマーケットと会社でもって “メチャクチャやる” とか?!
  • 《YY》 メチャクチャといっても、ほら『風雲ジャズ帖』にも昔、書いたように……
  • 《SY》 我々という存在そのものが秩序立ったものなのであって、それが、これまた秩序の権化である「楽器」を演奏し、さらに「音」によって合図をとりかわしている、という状態はどう考えても「無秩序」つまり「デタラメ」とは正反対のように思えます。というくだりですね。認識が一段、深い。
  • 《YY》 じゃなくちゃトレーニングも意味がない。おそらくプロじゃない。

  • 《SY》 なんだか織部賞っぽくなってきたなぁ!
  • 《YY》 そういえば、きみもアレコレ何か、作ってるそうじゃない?
  • 《SY》 あら。ええ、まぁ。一応しっかり、持ってきたんですけど「モザイコ」という……。超低解像度絵画って言ってますけど。これですね、近くで見ると何だか分からない、離して見ると何だか分かるという……。目の悪い人だとか、頭のボーっとした人のほうが、よく見えるという……いやシャレ半分、どうぞお気になさらないで。これ、見えます?(写真撮影をお願いした小林義郎さん、モザイコ持って廊下の向こうのほうへ遠ざかる)
  • 《YY》 ああ、そのくらい離すとリアルだね、ずいぶん。不思議だねぇ、人間の知覚って。
  • 《SY》 私、ちまちま細かいところに頭が(コンピュータって数値で全部いちいち制御できちゃいますから)どうしても、いってしまう。それが本当にイヤなんです。嫌いなんです、自分のそういう、ちまちましたところ。でも、やってしまう。どうしようもない。だから、粗くしました。いっそのこと、もうこれ以上は粗くできないってところでもって、やる。変な言い方ですけれども「細かい、粗(あら)仕事」。これ単純に見えて――たかだか20x20の計400マスを6色以下で埋めていく作業ですから――しかし、ひとつ出来上がるまで、ものすごい時間かかります。ああでもない、こうでもないと延々やる。もうこれ以上は無理ってところで、とりあえず完成。
  • 《YY》 そうでしょう。不思議だねぇ、人間の知覚って。
  • 《SY》 それ、差し上げます。あんまりインタビュアーが自分のこと話してちゃ県の人に怒られますから、山下さんのほうに戻しまして、と。失礼しました。これもぜひお訊きしたかったんですが、コンピュータのこと、どう思われます? いまの時代、やはりコンピュータ技術でもって世の中どんどん変わっているような気がするんですが。
  • 《YY》 ぼくはコンピュータ的なものに触れたの、じつは早かったんですよ。1960年代の徳丸吉彦先生の情報理論美学だとか、マーコフ過程なんていうのも当時かじったし。とても興味ありました。
  • 《SY》 演奏では肉体派な印象ですけど、やはり、さすがインテリ……(と私、文化人類学者の山口昌男さんが麻布高校におられた当時、黒板にマンガ書きながら山下洋輔さんらを教えたというクラクラするような逸話を思い出しながら)。
  • 《YY》 道具としては、情報通信分野もさることながら、原稿用紙からワープロになったとき「ラッキー」と思いましたね。ぼくは文章も書きますから。ペンで原稿用紙にカリカリ書いてたときは、指にも負担がかかってピアノ演奏に支障が出る。ワープロは叩くだけですから、身体的にラク。で、最初のワープロ原稿はたしか、かんべむさしさんの本のあとがきでした。自由にワープロ叩いて……


  • 《SY》 弾いちゃったワケですね、ワープロ。そこでも、思いっきり。
  • 《YY》 そういう言い方もできるかな。カリカリ書くのと叩くのとでは物理的にやはり、感覚が違う。それから、あるとき筒井康隆ふうに一人称を「おれ」にしてみたら、走りだしちゃったということはある。やってるうちに、どんどん過激になってきてアレもコレもドレもソレも入り乱れてガイキチになって混沌の極致になって終わり、みたいな。
  • 《SY》 なんでアレがコレなのか、それオレなのかドレなのか、ミファソなのかラシドなのかエーイまだるっこしい、黒鍵もろとも一気にヒジ打ちガゴン、みたいな。すいません、つられてしまいました。
  • 《YY》 スウィングするためには相手と互角に殴り合えるだけの技術と力が要るぞ。とりあえず諸事、相手=人間あればこそ、そしてそこにコミュニケーション(誤解も含めて)あればこそ。世の中。入り乱れて突発的に、思いもしなかった何かが起こるくらいスウィングできるようにするために……(というところでジャムライスの村松さん登場「そろそろリハの時間です」)ああ、行かなくちゃ。いいかな、このへんで。
  • 《SY》 ええ、どうもありがとうございました! トレーニングいたします。


というところでインタビュー終了。そのあと、17時からの林英哲さんとのDUOコンサートでは、各自ソロのあとの第二部いきなり一曲目からお二人とも全力疾走。最後の「大団円」とアンコールまでに私も何度か、声を上げて立ち上がって拍手して。素晴らしくシャープで怒涛のようなパフォーマンス。まさに大人の、まさにアーティスト。ひさしぶりの “超高性能” に、シビレました。

(文責:清水麗軌)



以上、NPO法人 デジタル・アーカイブ・アライアンス(DAJA)当時のウェブサイトより再録。ちらっと会っただけの著名人の名前を出して「むかし何々さんがさあ……」なんていう奴、私、嫌いなんですが、いま必要に迫られて。参照用に。

そういえばこの織部賞インタビューでも当時たしか、山下洋輔さんや鈴木清順さん(の両者で私、迷ったんですが)への希望者がいなくて「ヒーローじゃなかったのかよ、みんなの。マジかよ」と思った記憶あり。

確信犯的メチャクチャが本当に、必要な気がする。